2015年8月19日から21日に福井で開催される全国高等学校教育研究美術工芸福井大会で発表する原稿です。これも、参加される一部の方しか原稿を見ていただく機会がありませんので紹介します。第1分科会での発表です。
~アートが生まれる現場を体験、運営し、汎用的な力を伸ばす~
1 はじめに
美術の授業の中で、生徒が卒業して、社会人となり、役立つ汎用的な力は育つのだろうか?
下の表は、文科省の高校教育部会でh26年3月初等中等教育部会高等学校教育部会審議まとめ(p17)に示された、高等学校教育の中核となるコア、つまり、高等学校の教育の中で全てのこどもたちに身につけさせたい資質・能力についてまとめられた表である。この表の中には、これまで美術教育関係者が訴えた美術教育によって培われる力が明確に示されていない。

アートプロジェクトを授業の中で実践すると汎用的な力も育つ。アートプロジェクトを高校生が取り組むとどのような化学変化が高校生におこるかというと
①当事者意識(責任感)を持つようになる。
②自分たちのつくったものが喜ばれていると実感
③地域のことがわかる
④社会の中でアートが意味あるものと実感、同時に自身の内にアートが生まれる。
ただし、アートプロジェクトは地域との信頼関係の中で着実に進める必要のある手間暇のかかる題材である。
2 授業実践「たてじまアートプロジェクト2014」から生徒が身につけた力を検証する
3年次生美術系専門選択・学校設定科目「今津プロデュース」は、週3時間の中で高校生が「たてじまアートプロジェクト」の運営の主体として企画・実践する授業である。平成26年度は7名の生徒が受講した。平成21年度からスタートした。これまで、のべ100名の生徒がこの授業を経験し、卒業していった。「たてじまアートプロジェクト」の詳細については、『文部科学省 平成26年度 中・高生の社会参画に係る実践力育成のための調査研究報告書』を参照されたい。
-①<授業の目標>
・高校生のアートの力で地域を応援するアートプロジェクトを実施する。
・地域のこどもたち、住んでいる人や地域(商店街)をアートで元気にする。
・アートが生まれる現場体験からアートの価値観を育て自らの生活場面でアートを使える人になる。
–②<年間の5つの活動>
・西宮、商店街の現在や歴史を学び、地域の抱える課題や西宮の魅力を理解する。
・地元甲子園のまちあるきをこどもたちと行い、こどものつぶやきを集め音楽家の協力の下、地元応援歌を作る。
・こどもたちから募集したイラストを拡大・たてじまデザインする「たてじまアートボード」を制作する。
・西宮の失われた伝統芸能「えびすかき」を現代版で創作上演する。
・こどもたちと高校生が出会う「たてじまえんにち」を企画運営する。
・事後の振り返りを次の学年に伝え、「たてじまアートプロジェクト」から生まれる商品企画を行う。
<たてじまアートボードの新甲子園商店街での展示>

<現代版創作フィギュアえびすかき>
![10733660_534339583366882_407923182_n[2]](https://yasano520.wordpress.com/wp-content/uploads/2015/07/10733660_534339583366882_407923182_n2.jpg?w=300&h=225)
<たてじまえんにちで応援歌づくりのワークショップ>
<みんなで記念撮影>

1年間をかけて準備・運営する授業実践で、生徒がどのような力を身につけたのか、社会人基礎力などの項目を参考に「今津プロデュース」受講生徒にプロジェクト実施後にアンケート調査を実施した。
-③4月当初と比べ、プロジェクト実施後に身についたと感じる力調査
(解答選択肢 1変わらない 2深まった/身についた 3よく深まった/かなり身についた 4完全に理解/非常に身についた)

この結果を見ると、高校生がアートと社会の関係について深く考え、地域をより理解しようとしたことがわかる。また、自分の感情を抑制しながら商店街の課題や作品を応募してくれたこどもたちの気持ちを受け止め、他者への傾聴の姿勢が増していることがわかる。つまり、コアに示されている「主体的行動力」が身に付き、地域(社会)に対して「創造力、構想力」を発揮しようとしているのがわかる。また、プロジェクトの中で、高校生たちは地域の課題を発見し、プロジェクト終了後に実施した地元発信商品企画などの発想に生かすことが出来ていた。
–④プロジェクト終了後におこる素敵なコミュニケーション
プロジェクト終了後、イラストを描いてくれたこどもたちから担当した高校生に手紙が送られてきます。
小学1年生のSくんから「ぼくは、ぞうのはながすきだよ。りゆうはかっこいいからだよ。いろがかんぺきにぬってくれてありがとう。かぞくみんなでみにいきました。ほんとにかっこいいとおもいました。おとうさんもびっくりしていました。えがかんばんになっていたのでうれしかったです。すてきにかいてくれてほんとうにありがとう。」

もう一通、お母さまの手紙にはこうありました。「日頃共働きでゆっくりと息子と向き合う時間をなかなかとってやることができず、今回の機会でたくさん話をすることができました。いつもつたない絵で、何を描いたの?これはこう描くの!と、こどもが描いた絵をまずは受け止めることをせずにいたので、こどものありのままのイラストをのびのびと描いている点を評価して下さり、ありがたかったです。こどもの今しか描くことのできない自由な線をあたたかく捉えていただき、商店街を彩る一枚となって、こんなにも嬉しいことはありません。なにより息子が看板を見て『カッコイイ!』とまず一声、とても弾んだ声で言って、一緒に「そうだね」と喜びました。」

このような経験を通して、生徒たちは、自分たちのしたことが社会から感謝されていることに気づき、自己評価を高めてゆく。同時に、アートは高い技術力が前提ではなく、こども×高校生のような不思議な組み合わせによる共同創作で生まれ得るものなのだと学ぶ。
3 まとめと課題
アートプロジェクト(プロジェクト型)の授業は
①社会人基礎力が育つ
②地域に関わることで市民性が育つ
(もやもやした課題をアートでゆるやかに表現し解決に近づこうとする)
③一人一人の内にアートの火種が発生する(→生涯にわたって芸術文化を愛好する態度を育てる)

前述の高校教育部会のコアの図にもどってまとめると
アートプロジェクトは
①社会を豊かにする創造力・構想力を育てる
②社会を豊かにする市民性を育てる

西宮今津高校では、アートは、全てのこどもたち、全ての高校生、全ての大人たちに開かれていることを教室の中で伝え、誰もが表現者たりうる美術教育を実践している。例えば教室では、「居場所がある」「誰もが五感で感じた声をあげていい」という前提からスタートする。まず、声を上げることで自分が感じた違和感のようなものに大まかな輪郭がつくられる。声をあげ大きく輪郭がつくられると、イメージが生まれやすい。イメージ化することにより課題はより鮮明になる。この流れが探究的な学びを進めるのに必要な、違和感から真理を探し当てる探究に欠かせない、基本となる資質である。この資質は、表現行為の中で形成されるものではないだろうか。
次に、その声が私と社会との関係の中で発せられた時、表現は社会(コミュニティ)における市民自治の基層部を多様に支える多様な市民の声となる。人は、政治的な発言の前に、私と社会との違和感に対する声をあげることができる。この声をあげるという表現の形こそアートにとって本質的な営みであり、だれもが自己生成可能なアートの価値となる。
これまで、美術教育は、20世紀の芸術活動の後追いの中で構想されてきたが、明治期以前のコミュニティの中でつくられた「伝統文化」「まつり」の要素も美術教育は本来持っている。地域には失われた文化・伝統もあり、アートで地域を照らすアートプロジェクトは、失われたものに光をあてる表現にもなる。歴史・民俗を掘り下げ、現在の地域課題に向き合う手段としてアートを使い尽くす発想の中で、美術教育をとらえなおしている。
展覧会やコンクールを想定した優れた作品を制作することを目的化した実践ではなく、まちの特色や伝統、祭りの要素から全ての人が参加・制作可能な誰もが創れるアート要素も加え、平安後期から鎌倉時代ぐらいまでのスパンでもう一度掘り下げて、現代に意味を持つ失われた文化をも含めて私たちの教育の財産と考えて美術教育をつくりかえてゆきませんか?
<追記>
学校教育での教科「美術」には、大きな目標「主体性」「クリエイティブな資質・技能」「豊かな感性」「芸術文化を愛好する心情」など学習指導要領で示された目標の共有は必要であるが、そこにとどまってのみ教科「美術」が題材を構想すると学校教育の中だけで特殊に生き残るガラパゴス「美術」が生まれてしまうことを危惧する。
教師は常に「人にとってアートの意味は何か」という問いを日々更新しながら美術の教育にあたらないといけない。その上で、学習指導要領には含まれていないけれども意味ある教科の目標も研究会の場では提案してゆくことが学校教育としての「美術」をより豊かに教科外の人からの共感を得られ支えられる教科になると考えている。その意味で、発表の場ではモヤモヤしながら、自宅に帰って「そうか!」と思ったことがある。
アートプロジェクトなどの社会との関わりを前提としたプロジェクト型の授業では、コアの図に示された「創造力・構想力」に「社会を豊かにする創造力・構想力」を加え、さらに、「社会を豊かにする市民性」としたい。「社会を豊かにする」という文言を2つの力に加えると「芸術科美術」につながっていることが読み取りやすくなる。「美術」によるアートプロジェクトによって育った力の延長上に「高校でみにつけるべきコア」の力が加わるのである。全国の美術の先生がプロジェクト型を取り入れることで「社会を豊かにするには高校での「美術」が大切ですね。」と市民の声があがり、「多様なアートが生まれるのは、やっぱり教育の力ですね。」と言われるようにしたいものです。
発表の後は、悶々としているので助言者に切り返せなかったのを悔やむのでした。
参考
H26年度文科省 中高生の社会参画に係る実践力育成のための調査研究報告書(h27年3月31日発行)
教科でキャリア教育美術(キャリアガイダンス2013年10月号)
クリックして2013_cgno48_36.pdfにアクセス
「教科を越えて共有できる「学び」を探る」キャリアガイダンス2015年2月号
クリックして2014_cgvol406_42.pdfにアクセス
プロジェクトの詳細については、以下のHPをご参照ください。
たてじまアートプロジェクト実行委員会
https://www.facebook.com/tatejimaart?ref=hl
たてじまアートプロジェクト ブログ
http://artokoshi.wordpress.com/